1.武家屋敷門

2.石垣の散歩道

3.斉藤茂吉碑

4.旧高取邸

5.時の太鼓

6.奥村五百子 像

二の丸周辺
武家屋敷門

寺沢志摩守の唐津城築城の際、廃城となった名護屋城の建材を移築し再利用したものです。この門は藩家老宅のものですが、屋根瓦の文様には統一性が見られません。ちなみに鬼瓦には寺沢家の家紋「陣幕」が見られます。こうした不統一性が逆に歴史の重みを物語っています。

石垣の散歩道

本丸から二ノ丸を経て、三ノ門へ通じる海岸沿いの石垣の小径です。高さ3mほどの石積みは、歳月を物語るさまざまな表情を見せ、その一つひとつの石にロマ ンを感じざるを得ません。三ノ丸の北西部には西ノ門が開いていて、この門は3代松平氏以降、藩主交替の際に、旧藩主の出口となったといいます。

斉藤茂吉碑

肥前なる唐津の濱にやどりして
唖のごとくに明け暮れむとす

 

茂吉が大正9年(1920)に静養のために唐津を訪れた際、宿泊したのが木村旅館(現・渚館きむら)である。ここで24首の歌を残しました。

高取邸

「炭鉱王」高取伊好の私邸だったもので、明治から昭和初期にかけて増改築されてきました。 邸内にはアールヌーボー風の装飾を凝らした洋間や、能舞台などがあり、 日本建築史にとっても重要な建物とされています(国指定重要文化財)。

 

開館時間 

午前9時30分~午後5時

(入場時間午後4時30分まで)

月曜休館

(月曜日が祝祭日の場合は翌日休館)

入場料 大人 500円 子ども 250円

4代目藩主土井氏時代、この場所に時鐘が置かれ、 後に金附堂、時太鼓堂、撞鐘堂となり、藩主たちに時刻を告げていました。 水野時代には「時之太鼓」と呼ばれていたとの記録も残っています。 この「時の太鼓」は、午前7時から午後7時までの間、1時間おきに中から武士人形と大太鼓が現れるというからくり時計になっています。

 

時の太鼓

奥村五百子(1845-1907)は、中町にある高徳寺の住職奥村了寛の長女として生まれました。 持ち前の強烈な個性から、幕末には唐津を拠点とした尊皇攘夷運動、 明治初期には自由民権運動、朝鮮半島での農業指導や学校建設、 郷土唐津での産業振興とさまざまな社会運動に携わりました。 そして明治34年(1901)には愛国婦人会を組織。戦後、軍国主義との批判もありましたが、 これが現在の婦人会の原型で、彼女の奉仕の精神は今に受け継がれています。

 

奥村五百子 像